かつて南京に留学していたのは20年も前のこと、留学で多くのことを学んだ。しかし現在、大学で実施している半年の単位互換留学(実質4ヶ月の語学研修だが大学半期分の単位になる)はその費用に見合うだけの効果を上げているのだろうか?
正直に白状しよう。20年前のわたしには留学に耐えうる最低の語学力しかなかった、と思う。国費留学と言えば聞こえはよいが、実態は、金は出すけど面倒は見ない、という留学である。受け入れ先大学が決定するのは出発の約1ヶ月前、中国大使館へ行きビザを取得、成田を出発し上海へ、タクシーでホテルへ(ホテルは日本で手配、タクシーはどうやって拾ったんだろう?)、翌日の南京行き列車の切符購入のため和平飯店へ、バスは乗車不能で南京西路から和平まで徒歩(9月上旬の夏日だった)、翌日の切符は〈没有〉の一言、2日後の切符を購入、ホテルに戻り滞在延長の交渉、上海から南京へ、南京駅でタクシーを拾い南京大学へ、広い大学で宿舎を探し手続き、部屋を手配される、部屋では「同屋」のユーゴスラヴィア(現セルビア)人が出迎え、「同屋」と夕食を共にし寮生活のガイダンスを受ける(共通言語は中国語)。考えてみれば中国に到着して4日目に日本人留学生と会うまで日本語は使用していない(上海で1回だけ日本語で日記を書いた)。最低レベルの中国語を駆使して南京まで辿り着いた。
もっと語学力をつけてから留学すべきだったと思う。だが当時、中国語を聞き話すには中国へ行くのが有効な手段だった。現在は状況がまるで違う。CCTVが日本で視聴可能だ、お金がかかる? 月2千円ほどなら当時のわたしでも支払い可能だ。中国人留学生だってどこにでもいる。こうなると単なる語学留学では意味がない。語学力は留学前に最低でもHSK6級程度は欲しい。CCTVが少しは聞き取れるようになってから留学したいものだ。
「語学力は留学先で身につける」?
学習したことのない単語は何度聞いても聞き取れない。幼児が言葉を覚えるように留学先で言葉を習得する? なんとも非効率的な学習法だ。それに二十歳の学生は幼児ではない。幼児に対して大人は何度でも同じことを言ってくれるが、大人に対しては失礼だ、分からなければ相手にしないだろう。授業で実力をつける? 日本で予習もせず授業に出る学生が、自由を謳歌する「開放された空間」の留学先できちんと授業に出席するとは考えにくい。出席についても日本ほどやかましく言われない。日本での授業を侮ってはいけない。日本人に中国語を教えるという点で本学の教員は留学先の教員より優れている、同じ大学の学生を何十年にもわたって観察しているのだから、経験値や質の面でも劣るはずがない。試験も厳しい、学生に嫌われるのを覚悟で成績をつける。留学先で学生は「お客様」扱い、わたしの知る限り過去20年間、留学先で留年した学生は2名ほど、本学1学期分の留年者にも満たない。日本と留学先、どちらがより勉強するかお分かりだろう。
「変貌する中国社会の政治経済を肌で実感する」?
ニュースが聞き取れないでどこから情報を得るのだろうか。ネットの情報なら日本でも入手可能だ。中国の政治経済を日本で相当勉強した学生でなければ、中国にいて真実が見えることはないだろう。ここ3週間CCTV《东方时空》の〈岩松看日本〉なるシリーズを見た、キャスターで20日間ほど日本に滞在した〈白岩松〉 氏が言っていた。「日本の5大新聞には中国に関するニュースが毎日30項目は載っている。新聞一紙あたり平均5項目になる。中国における日本の報道と比べて量は圧倒的に多いし内容も細かい。」日本語を読める能力があれば日本にいた方がよほど多くの情報に接することができる。
「中国各地を旅行して見聞を広める」?
大学の留学制度は単位互換である。授業に縛られる留学だ。〈黄金周〉でもない限り旅行が許されるのは週末のみであろう、天津なら北京あたりまで、上海だったら江南一帯が限度か。授業を1ヶ月サボってシルクロード旅行や中原古都巡りに出掛けるのは問題だ(深く反省している)。授業をサボっているのに単位になるとしたらもっと問題だ。学期終了後には遠出も可能だろうが、それなら日本から長期休みを利用して旅行するのと大差ない。
「異文化を体験して人間的に成長する」?
前にも書いたが外国で暮らすのは人間的に成長してからの方がよい、日本のイメージが悪くならないように。未成熟なままの異文化体験は危険である。異文化に対する拒否反応が起こると自分の部屋に閉じこもりがちになる。今は昔と違って個室の空間が確保されている。同室者がいても例外なく日本人だ。部屋からユーゴスラヴィア人が出てくることもないし、ユーゴスラヴィア人が中国人の恋人を部屋に連れ込むこともない(彼の名誉のために一言。彼が連れ込んだ中国人女性は杭州美人のすばらしい南京大学の学生であった。日本の流行歌「関白宣言」に影響され最初わたしを敵視していたが、すぐにうち解けた。当時の中国名門校の大学生はたいそうインテリで、わたしのよき話し相手であった)。部屋にこもって日本語でメールばかり書いているようでは留学の意味がない。
では、留学するとしたら?
わたしのおすすめは3年生夏休みの短期留学だ。本学の授業にも影響しない。単位に関係ないから、授業がつまらないならサボって旅行もできる。初めての中国体験は1ヶ月もあれば充分だ。お試しの短期留学で気に入ったら国費の留学試験でも受ければよい。浪人しないで大学に入る人がほとんどだから1年の休学くらい許されるだろう。個人単位で行くからいろんな国や他大学の人とも仲良くなれる。学費・宿舎費が無料な上にお小遣いももらえる。国費留学は決して敷居が高くない、合否のポイントは語学力より留学の目的意識が重視されるようだ。でもHSK6級の語学力は最低限必要だが。
若い時代の留学はとても貴重な経験だ。しかしそれは自覚と目的意識次第だ。
あぁ、また留学したいなぁ。