水滸のことば



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中間試験採点

昨日、1年生の中間試験があった。今日どうにかその半分を採点し終えた。

まだ片方のクラスしか見ていないが、結果はある意味予想通りであった。しかし、80点以上の学生が一人もいないのは予想外で、初めての体験だ、後味が悪い。こうなると学生ばかりを責められない。

大学は学生の高校における学習状況を「評価」して入学を許可している。他大学と比べて安くない学費を支払ってもらっている。さらに大学は少人数で行き届いた教育を「売り」にしている。

学生の力を伸ばす、という約束が果たされていない。もちろん学生が大学に進学する目的は勉学だけではない。到達目標を下げ、学力を「偽装」して卒業してもらうことは可能だが、そんな大学が10年先に生き残っているとは思えない。今いる学生を伸ばすノウハウをもたない大学は存在価値がない。

残念ながら今のところ私にはその方法がない。
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by clingmu | 2007-11-28 20:13 | ひとりごと

「手前みそ」入試

昨日、大学の推薦入試があった。推薦入試には「指定校推薦」と「自己推薦」とがある。前者は高校側が学生を推薦するもので従来からあった選抜方法だ。後者はここ数年新たに導入されたもので、受験生自身が「自分を推薦」するという選抜方法だ。

中国留学時代中国の人からよく言われた。“你太谦虚了。”私は相手の発言を軽く否定しながら、「君たちみたいに、できないこともできるなんて言う国民性じゃないんだよ」と心の中でほくそ笑む、けっして「謙虚」ではない。この夏の上海滞在でも妻が中国の人から同じことを言われていた。

「謙虚さ」は日本人の美徳である。AO入試や自己推薦入試は日本の社会に馴染まない、自分を推薦するなどもってのほかだ。国際化?主張する日本人?「謙虚さ」は「国際」的に通用する日本人としての立派な「主張」だと思う。

そういえば最近「手前みそだが…」と話を切り出す人がいる。「手前みそなら遠慮しろよ!」と即座に反応しそうになるが、そんなことを言ったら「KY」になる。どうやら「手前みそ」の流行は入試だけではないようだ。
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by clingmu | 2007-11-26 15:12 | ひとりごと

高校生中国語発表大会

昨日ちょっとした縁から高校生の「スピーチコンテスト」を見る機会があった。高等学校中国語教育研究会(関東支部)主催の「第13回高校生中国語発表大会」で我がゼミ生が高校生たちを前にかつてのスピーチを「模範」として披露する、その応援に出かけたのだ。

これまでなぜか「スピーチコンテスト」には縁がなかった。所属学科ではコンテストに出場し上位に入選する学生が毎年いる、しかし、大学生に引率は不要だ。スピーチの練習はもっぱら中国人の先生にお願いしている。自分の大学時代はどうか?今ほど多くはなかったが、スピーチコンテストは確かにあった。だが、出場する友人は周囲にいなかった。私自身も出たいと思ったことはなかった。

人前で自分をアピールするのが極端に苦手で、自分を「背景化」するのを好む性格がその原因かもしれないが、これまで「スピーチコンテスト」に対してある種の「偏見」をもっていたように思う。「スピーチといったって所詮中国人の先生に書いてもらった文章でしょ?」「自分で理解できない文章をスピーチして何の意味がるのか?」…なんとひねくれた学生だったことか、自分でもイヤになる。

高校生の発表はとても好感のもてるものだった。発表は「朗読」「暗誦」「弁論」の3部門に分かれていて、私が見たのは「弁論」の部だけだったが、必死で覚えた原稿を一生懸命練習した中国語の発音で発表していた。自分で考えた内容の原稿だが、中国語に訳された原稿の意味をきちんと理解するのも難しいだろう。そんな要求は酷というもの。かなり背伸びをした中国語の文章を覚え声に出して何度も練習する、それで十分だ、よい勉強になる。発表終了直後、審査委員から中国語で質問を受ける。高校生「弁士」に答える余裕などないだろう。質問の最中に生徒さんが漏らした一言「分からない」という日本語、その気持ちははよく分かる(でも自分の高校名は中国語で読めるようになってほしい)。

我がゼミ生の発表はさすが大学3年生、落ち着きがあった。高校時代の発表は直接聞いていないが、たぶん一番の違いは自分の原稿をきちんと理解できるようになったことではないか。中国語の原稿を見せてもらったが、かなり難しい、高校時代にこれを消化して自分のものにするのは困難だ。現在大学生になり、多くの経験によってスピーチの内容がより説得力をもつようになった。

収穫の多い一日であった。が、ゼミの教員として一つだけ注文を。これからの一年、ゼミのテーマをまとめ上げ、研究成果を自分の言葉で「スピーチ」できるようになってほしい、そうすれば本ゼミの紹介もスムーズにできるはずだ。
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by clingmu | 2007-11-24 22:14 | ひとりごと

中間試験

週末は11/27に実施する1年生の中間試験を作成した。中間試験は毎年この時期に行い、採点した答案をクリスマスプレゼントとして返却する。結果を見て年末年始をどう過ごすべきかを考えてもらおうという親心である。

先日の学科会議で「卒業時の中国語能力最低保障は今後もHSK6級を目標とする」ことが再確認された。心強い決定である。実力の伴わない学生を社会に出すわけにはいかない、それが学科の方針だと私は理解した。今回の試験は昨年並みの難しさで問題ない。

1年生もこの時期ともなれば、多くの文法事項を学習する。2つの“了”、さまざまな補語、存現文さらには複文。1学期にサボりながらも2学期に進んだ幸運な人、1学期はどうにか乗り切ったものの2学期にサボってしまった学生にとっては正念場を迎える。1学期の試験とは異なり、直前の徹夜だけでは誤魔化しがきかない。

先週の授業終了時、学生が質問に来た。学生:「試験はどこが出るのですか?」私:「不正行為はできません。」試験結果が今から心配である。
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by clingmu | 2007-11-19 13:12 | ひとりごと

来年度ゼミ生決定

一昨日、教務課から来年度のゼミ生が発表された。先日のbligで「予告」した通り8名である。全員が第1志望、大学生活後半の2年間を中国語文法の勉強中心に過ごしたいという学生がこれだけいるとは嬉しい悲鳴だ。ゼミ説明でも話したはずだ、ゼミでやるのは中国語だけ。ゼミを選んだのは君たちだ、私が個別に声をかけて誘ったわけではない、この点だけは覚えていてほしい。

そして現在の3年生は7名、卒業研究のテーマを決める時期だ。来週あたりのゼミでほぼ全員のテーマが出そろいそうだ。決定次第このblogでも発表の予定だ。こちらの方は私が声をかけてある「方向」に誘っている、その分私も来年は忙しくなりそうだが、これは自業自得、私が責任をとらねばなるまい。
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by clingmu | 2007-11-18 00:51 | ひとりごと

学院節

昨日大学祭に出かけ恒例の中国語劇を鑑賞した。外部から来るお客さんの席がなくなるのは申し訳ないと思い、立ち見を選択したが2時間を超える熱演でさすがに少し後悔した、年齢を考えるべきであった。

語劇のセリフを聞いていて思った。聞き取れた範囲内ではあるが、教科書等で取り上げた表現がたくさんあった、試験に出したくなるようなフレーズも多くあった。一生懸命練習したのだろう、1、2年生がかなり難しいセリフをしゃべっていた。劇を観ていてふと思った、1、2年の授業で私が使用している教材はやさしすぎるのではないかと。

また別の思いもある。あんな表現を使えるのならもっと“听写”ができてもいいはずだ。きっと大学祭までは多忙を極め授業に集中できなかったのだ、彼らが語劇の成果を生かすのはこれからにちがいない、今後のがんばりに期待しよう。ゼミ生で語劇に参加した諸君、疲れがとれたら真剣に卒業研究のテーマを考えようね。

今日のところは野暮な話はやめよう。語劇に参加した学生さんたち、本当にお疲れ様でした。

大学祭では嬉しい再会もあった。私がゼミを開いた初年度に只一人ゼミを選択した学生H君と偶然出会った。家族3名で遊びに来てくれた。初代ゼミ生に今日のlingmuゼミの「隆盛」を話すとびっくりしていた、当然である、私も驚いているのだから。さらには夜いつもの居酒屋でP君とも再会した。彼が学生時代に私はゼミはまだなく間接的な指導ではあったが、彼こそ「水滸のことば」で初めて卒業研究を執筆した学生である。テーマは「水滸の補語」、彼の書いた手書きの原稿は現在も私の研究室に残っている。

昨日は楽しい大学祭であった。だがやはり「お祭り」は観るより参加した方が楽しそうだ、そんなことをちょっと考え始めている。
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by clingmu | 2007-11-04 16:53 | ひとりごと


水滸伝の言語に興味を抱く、ある語学教師のぼやき。ときどきゼミ連絡。
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