水滸のことば



カテゴリ:ひとりごと( 68 )


こんな入試はいかが?

先日大学の「ネズミの相談」会議でAO入試の合否判定があった。幸い中国語を本学で学びたいという高校生はまだいるようだ。

最近では多くの大学で実施しているこのAO入試、かなり変わった選抜方式である。日本お得意のアメリカ追随方式らしいが、勉強不足でその理念を私は知らない、また知りたいとも思わない。

AO入試が導入されてからの大まかな統計では、この入試で中国語学科に入学した学生の半数近くが入学後1、2年で留年している。中にはとても熱心で意識の高い学生もいるが、この人たちはほかの入試でもきっと合格するだろう、ということは、AO入試とは入学後留年の可能性が高い学生を選抜するための入試ということになる、少なくとも私はそう理解している。

「少子化」の進む現在、競争力のない大学は学生確保がたいへんだ、「定員割れ」は避けなくてはならない、学生を一人でも多く集めようと入試の「安売り合戦」となる。一部の大学では、入試が学生を選抜するという本来の意味をもたなくなっている、まさに「全入」時代。我が大学も残念ながら入学者を選ぶ立場にない。いっそ入試は一日だけ、当日早く来た者から入学を許可する、という方式に改めたほうがよいと私はかなり真剣に考えている。

入学はフリーパスだが、入学後はきちんと勉強してもらう、というのが我が大学の方針だと思っていた。勉強の楽しさ、中国(語)の面白さをを知って積極的に学習する、というのは理想論、「留年」の2文字で学生を脅し勉強を強制するのが効果的、新入生の周囲には昨年の新入生が何人もいる、それが何よりの証だ、学問の楽しみは勉強をしてからだ。高校まであまり勉強していないのだから体力は残っているはずだ。

ところが、先日の「ネズミの相談」会議で、FDの名の下に大学として留年者・休学者そして退学者を減らすよう努力する旨の発言があった。入学後、退学者や留年者が多い=学生の面倒見が悪く教育に熱心でない大学、ということになるらしい。まったくバカげた理屈だ。留年者を減らすのは至極簡単だ、「社保庁」の仕事を見習えばよい。

文科省や大学の評価機関の目ばかり気にして、現在在籍している学生の実態から目を背ける大学は今後その存在価値自体が危なくなるだろう。
[PR]
by clingmu | 2007-10-14 18:19 | ひとりごと

夏休みの「宿題」

昨日1年生の授業で10月1日は何の日か? と質問したところ、午前午後のクラスとも「都民の日!」という答えが返ってきた。千葉県にある大学なので都民の学生は少ないはずだが…。9月25日に〈今天是什么节日?〉と質問した際には〈中秋节〉と答えてくれたのに、授業の出鼻をくじかれた、〈国庆节〉はあまりなじみがないらしい。

ところで10月1日は大学紀要原稿の締切日、夏休みに書いた『中国語「速読」の試み』をメールの添付書類で提出したところ、研究支援担当者(すごい名称だ)から「査読の結果は後日ご連絡をさせていただきます」との連絡があった。査読? いったい誰が読むのだろう? 内容はblogにも書いた「速読」の授業を紹介した教学ノート、査読する方に時間を浪費させることになりそうで申し訳ないが、どうにか夏休みの「宿題」を提出できてホッとした。
[PR]
by clingmu | 2007-10-03 23:48 | ひとりごと

上海雑感6

<個人レッスン2>
3日間で「過去」はほぼ語り尽くしたので、最後の2日間は高先生が推薦する教科書を使って「日本人に中国語をどう教えるか?」というテーマで話してみた。

1日目は「発音」。こうなるとアウェーの私が「ボール」をキープすることになる。相手は日本語を知らない、だが日本人に中国語を教えたことはある。日本人の癖を話すと一定の理解を示してくれる、あっ、メモまで取り出した、下手なことは言えない。「中国語では無気と有気の区別ですが、日本語では清濁の違いになります、上海語にも濁音はあるでしょ?」「えっ、そうなの、これから注意してみる」という感じになる、やはり現地で学ぶ場合、あまりピンインはじっくり教えないようだ、それはそうだ、目前に生活がある、以前にも書いたが発音だけ1ヶ月やる暇はない。

2日目は教科書の課文を吟味した。この教科書は中国で発行された「日本人のための」テキスト、日本語による訳や解説も付いている。400頁以上の分厚い教科書で100元もする。第1課から“好久没见面了。”といった表現が出てくる、そして“好久”の説明に “好久没吃法国菜了。”“他出去好久了。”などの用例が挙がる、かなり大胆だ。最初の1課は〈打招呼〉なのでいろいろな挨拶が載っているのかも知れない。第2課は〈姓名〉、こんな会話がある“哪位是李明老师?— 坐着那位就是。”、さらに“没见过面”なんて表現もさらりと出てくる、このような表現について話題にしようかと思ったが、先生の反応は“内容蛮深。”と高評価だ。この日は最終日ということもあり、授業は生活をめぐるさまざまな雑談に切り替えた。

この5日間はとても楽しかった。授業を受けたとは言えないかも知れないが、先生も「変な学生」によく付き合ってくれた。次回また機会があれば今度は教材をきちんと準備しておこうと思う。中国で数多く出ている〈口语〉の教材あたりを材料にしてさまざまな口語表現について疑問点をぶつけてみたい。個人レッスンは1コマ45分で100元、日本に比べればはるかに安い。我が大学にも個人レッスン向きの学生がいるかも知れない、紹介してみようと思う。

おまけ:服務員の呼称
最終日授業終了後、高先生と「徐家汇」の「港式」レストランへ食事に出かけた。街のレストランで給仕係をどう呼ぶか? “服务员”で問題ない、中国の人もそう読んでいた。しかしどうも私には素っ気なく感じる。相手が若い女性なら“小姐”が今でも使えそうだが、では若い男性に対しては? 高先生は“小伙子”と呼びかけていた。そういえばいつの間にか給仕係は私にとって明らかに「若者」だ、「(おい、そこの)若いの!」を連想してすぐに使う気にはなれなかったが、今度使ってみよう。「おばさん(失敬)」ならOKだが「おじさん」が使うと相手がムッとするかどうか、今度試してみよう。
[PR]
by clingmu | 2007-09-10 15:55 | ひとりごと

上海雑感5

<個人レッスン1>
今回の上海滞在、メインイベントは妻のプチ留学、虹口区上外校内にある語学学校で妻は5日間の中国語個人レッスンを受けた。当初私はフリーの予定だったが、語学学校にわがままを言って先生を紹介してもらい妻の隣の教室で個人レッスンを受けることにした。語学学校は大学とは違い融通が利く、加えて個人レッスンなら授業内容も学生と先生の話し合いで自由に決められる。私から語学学校に出したリクエストは、「比較的年齢が高く女性の話し好きな方」というもの、以前我が大学で教鞭を執られたある女性の先生をイメージした。語学学校もほぼ理想的な人選をしてくれた。授業では教材を用いず中国の変化、上海の今などを聞いてみようと思っていた。

私の個人レッスンを担当する高先生は、こちらの要望通り話し好きの女性であった。予想外だった点は8年間海外(フランス)で生活経験があり、芸術家(写真や絵画)だったことか、日本語はまったくできない、フランス滞在時代および中国帰国後、主に欧米人とくに“家乐福”で働くフランス人に中国語を教えた経験がある、日本人に教えるのは今年4月以降で私が数人目だという。

授業はお互いの自己紹介から始まり、徐々に彼女が辿った人生について私がインタビューする形になった。中国語の母語話者と話す場合、こちら側はどうしても聞き手役に回ることが多い(私の場合、日本語であっても同じだが)、彼女の話からおもしろい表現を聞いたり、相手の言った表現を言い換えてみて通じるかどうか反応を見る、そんなことを試してみるつもりだった。

高先生は1958年の天津生まれ(私とほぼ同世代だ)、父親は映画制作の仕事で北京で暮らし、彼女は医師である母親と一緒に幼少期を天津で過ごした。祖父は天津で靴の工場を営み羽振りがよかったが、アヘンに手を出し没落、彼女の父親は少年時代かなり苦労し天津で日本人が経営するレストランで働いていたので、そこで日本語を覚えたとか、父親はその後東北の解放区入りし映画の道に進んだ、かなりハンサムで俳優の経験もあるらしい。

高先生は小学校入学と共に父親のいる北京へ、これから本格的に勉強という8歳の時に文化大革命が始まる。彼女たち一家は広西の南寧へ下放され、さらにはベトナムとの国境地帯にまで移り住んだ、祖父は元資産家、両親はインテリ、この時代は辛かっただろう。1978年に再開された「高考」で彼女は広西の師範学院に入学、「芸術」を専攻する(その後別の大学で「中文」の学位も取得する)。私が「1980年に短期留学で上海に初めて来た」と言うと、「そんな時代に外国人留学生がいたの?」と驚いていた。彼女は卒業後、「美術」の教師をした時期もあったようだが、主に広西の旅游局で働いていた(「外賓」の扱いに慣れているのはそのせいかな)、広西と言えば「桂林」が有名だ、彼女も場所を説明する際「広西」や「南寧」と言うべき所を「桂林」で代用していた、そのことを指摘すると、「外国人に南寧なんて言っても分からないでしょ?」天気予報で毎日聞いていますよ、省都ですから。

彼女は旅游局で景勝地のパンフ等の編集をしていた、その仕事が現在の写真や絵画につながっている。やがて香港の人と結婚、新婚旅行で上海に来たとか、その頃は私は南京で生活をしていた時期と重なる。男の子を一人産んでから彼女はフランスへと旅立つ。彼女のフランスでの生活は安定し、息子さんはフランスで教育を受け現在国際法の修士号を取るべく大学院で勉強中だ、フランス人に日本文化(アニメ)ファンが多いので祖国愛の強い彼はご立腹のようだ。

その都度横道にそれながらこんなことを3日間おしゃべりした。教室は大きなフロアを小さな区画に分けて使用している、そのため話し声が隣に聞こえることがある。私たちの「教室」だけ妙ににぎやかでほかのクラスで授業中の人たちにはさぞ迷惑だったことだろう。久しぶりに長時間続けて中国語を聞いた。日本で暮らす中国の人たちは多く日本語を解す、「私だって日本に暮らせば日本語を話すわよ、自分の勉強のためにね」とは高先生の意見、ごもっとも。そういう意味ではよい機会だった。だが90分間1対1で集中して聞くのはかなりしんどい。とくに後半30分を過ぎたあたり、話題が芸術やフランス文化になるとよりたいへんだ、話に興が乗れば「語速」は速くなる、アウェーの私は守備を固めて引き分けねらいとならざるを得ない。(続)
[PR]
by clingmu | 2007-09-09 19:15 | ひとりごと

上海雑感4

<中国で中国語を学ぶ>
結論から言えば、残念ながら中国で中国語を学ぶのはかなり難しい。中国語の入門段階は絶対に日本でしっかり学ぶべきだ。語学的な意味で留学が機能するのは中級の上以上(現行HSK6級以上)の力を持った人たちであることを今回再確認できた。

<日常の中国語>
すべては状況(場)に頼った会話となる。要は慣れである。中国語を知らなくても現地で1ヶ月生活すればどうにかなる。今回強く感じたのは生活から会話の機会が少なくなっていることだ。携帯・電車の切符・書店・換金等々いろんなものが「便利に」自動化され会話の機会は奪われた。多少なりとも会話が必要とされる食堂などでは実詞を並べ、あとはそれをいかに大声で叫ぶかがポイントになる。いや、並べられているものを手で指してもよい。

留学生が食堂で食事をする、“包子”を2つ注文する。“我要两个包子。”問題はない。だがその場で事をスムーズに運ぶには“包子,两个”で充分だ、“麻烦你,帮我~。”などと言えばかえって厄介になる。このようなことが至るところで起こる。語学の教師としては頭が痛い。状況や相手によって表現を使い分ければよいのだが、来たばかりの留学生にそれを求めるのは酷だ、最初から食堂の服務員を見下すような態度は取れない。それなら留学前の段階ですぐに使える短い表現“三字经”を教えればいいのか? 意味がない。短ければ短いほどその文は状況に依存する。状況の中で覚えないと時にとんでもない誤解を生む。現地に行けばすぐに覚える。留学して1ヶ月もすると日常の生活がスムーズに動き出す。自然とその場に適した表現ができるようになる。語学力が向上したように思う。自分もかつてそのような錯覚をした。しかしそれは慣れただけなのだ。内容のある複雑な表現をしているわけではない。中国の日常生活では言葉数が少ないように感じた、冗長な表現を避けるのが中国語の本質と言ってしまえばそれまでだが、それにしても彼らはあまりに“节能”だ。書店で本を買った、5册以上の本を店員は紙のひもで束ねるだけ、「袋はありませんか?」と聞くと“门口”の一言、瞬時に書店内で袋に入れると他の本も袋に入れ「ネコババ」する恐れがあるから店を出るときに袋を渡す、というシステムを理解しなくてはならない。「袋は?」と尋ねた人はそのシステムを知らない人だ、その状況を彼らは判断しようとしない。すべてがこうだ。

日本のパン屋さんで買い物をした、レジでお金を支払う際、606円の代金に対して1,001円を渡した。「395円のおつりです。今しばらくお待ちください。」パンの包装が終わる。「すみません、お待たせしました。ありがとうございます。」とにかく言葉が多い。実詞の羅列ではない。私が日本語を学ぶ留学生だったらとてもよい勉強になるだろうな、と思った。中国の「ローソン」で買い物をした、烏龍茶のペットボトル1本を買った、言葉は“两块七。”のみ。全体的に言えるのは、中国の街の服務員は言葉が絶望的に少ない、自分が必要とする情報しか聞こうとしない、さらに自分の仕事に対するプロ意識がないのだから、対応は推して知るべしだ。これは20年前と変化がない。「顔馴染み」になり彼らの「内側」の人になれば状況は好転するが、昔ほど留学生は珍しい存在ではない、価値は減った。このように中国語を話すそして聞く環境は整っていない。

ところが、今回の滞在で一度だけ中国語を使っていて幸せな気分になったことがある。それは浦東の豪華ホテルにチェックインしたときだ。予約していたはずがちょっとした手違いで私の名前がない。そこからやりとりは始まる。「××を通して予約したんですが、電話お借りできますか?」「どうぞ、電話番号は? その方は中国語ができますか?」「はい」「電話がつながりません」「部屋は空いてますか?」「あります。当ホテルには2つタワーがありまして……(延々と部屋の説明が続く、相手の希望を聞く)」部屋が決まる。「当ホテルには無料の会員カードがありまして……」「どんな用途があるんですか?」「続けてご説明してもよろしいでしょうか?……」とにかく言葉が多い、自然なスピードで淀みなく話す、話しが論理的なのでいくら速く話しても内容がよく理解できる。相手の意図をよく理解し、豊富な語彙で別の表現も可能だ。これなら中国語のよい勉強になる。留学生が聞けばきっとこんな中国語を話したいと思うだろう、だが残念ながら留学生がちょくちょく泊まれるような値段ではない。服務員の“素质”の違いと言ってしまえばそれまでだが、やはり中国ではそれなりの代価を払って環境を手に入れる必要がありそうだ。チェックアウト時も同じ女性が対応してくれた。“你们过得还可以吗?”の問いかけにはびっくりした、一瞬何を言っているのか分からなかった。

<授業の中国語>
では授業はどうか? 目の前に日常生活がある、入門でピンインの仕組みや発音を丁寧に教えている暇はなさそうだ、教師側もそんなトレーニングは受けていない、発音に1ヶ月費やすことはあり得ない。また日本人の特徴を理解した上で教えることのできる教師はまずいない。初級段階はどうか? 最近では対外漢語教学の実践を積んだ教師も増えてきているようで、初級の学生が話す中国語を辛抱強く聞く、相手の理解度に合わせて言葉を選び根気強く説明してくれるようだ。しかし日本人が疑問に思う文法事項などを初級の学生に対して中国語で行うのはかなり難しいのではないか? 結果として留学生は徐々に授業をサボるようになる。私が受けた個人レッスンは教材を使用しなかったので参考にならないが、妻の受けた授業では母語話者ならではの会話練習や作文の添削などかなり充実したものだったらしい。しかしこれはあくまで個人レッスン、多人数の授業となるとまた事情は異なるだろう。留学が中級以降でないと効果がないというのは、文法的な疑問点は自分で調べることができ、文法の説明を現地の教師に期待せず、母語話者である教師をうまくこちらがコントロールして豊富な表現を引き出し、それを自分のものとする、といった学生側の能力次第になるからだ。

初級段階(我が大学2年生程度)の留学は、中国で生活をする、若い時代に外国で異文化の体験をする、ということに割り切って考えるべきだと思った。それには夏休みの1ヶ月あれば充分だ。
[PR]
by clingmu | 2007-09-06 21:15 | ひとりごと

上海雑感3

<諸々のこと>
携帯……中国で携帯初体験。携帯本体さえ入手すればカードを購入するだけで自分の番号を持てる、日本よりはるかに便利だ。ただ、街や電車内でで鳴り響くあの呼び出し音はけたたましい、中国で販売する携帯にマナーモードは不要だ。音が大きくて誰の携帯が鳴ったのか分からない、安宿では隣室の呼び出し音が聞こえた。さらにあの話し声、何で他人の携帯から相手の声がはっきり聞こえるんだろう? もし心臓ペースメーカーを使用するようになったら私は絶対に中国へ行かない。

国際電話……我がホテルでは国際IPカードを購入しかける方法しかないと言われた。ホテルの服務台で買おうとしたら、ここのは高い、よそで買え、と言われた、親切心と取れなくもないが到着間もない外国人にとってはかえって面倒だ。カードの使用法を聞くと、カードに書いてあるとそっけない、我が安宿の服務員は20年前の国営商店並みだ、相手の意図をくみ取れない、これでは会話は弾まない。昔のように“总台”を通してかけた方がはるかに簡単だ、ホテルの“押金”は何のために収めたのだ? 仕方なく翌日カードを外で購入し電話をかけると、電話一本でカードに書いてある番号を永遠に押すことになる。私は諜報部員ではない。

上海書城……すばらしい、明るい店内、手にとって本が見れる、20年前にあったらきっともっと大量に本を買っていただろう、なくてよかったかも。本の量はものすごく増えたが質はまた別問題だ。今後の改善希望点を一つ、購入した書籍は店外に出るとき初めて袋に入れてくれるらしい、私は“孔乙己”ではない、失礼な。

地下鉄……上海の人たちは高架を走る“轻轨”も含めて“地铁”と呼んでいた。自動券売機に自動改札、あまり性能はよくない。切符が反応しないので改札の下をくぐると周囲のおばさんから怒られるので要注意、自動改札なのに駅員がたくさん余っていて暇そうだ。

リニア……浦東の国際空港へ向かう“磁浮列车”に帰途初めて乗車した。始発駅“龙阳站”まで辿り着けば約8分で空港に着く、430キロはさすがに速い。だが“龙阳站”まで行く、または“龙阳站”から市内へ向かうのがとてもたいへんだ。料金は50元前後まで値下がりしたようだが、地元の人はまず乗らないだろう。地下鉄が国際空港から虹橋空港まで開通し万博が終わったら無用の長物、無駄なインフラ投資だった、もちろんそんなことは「美しい国」にもたくさんある。リニア再活用のよい方法を思いついた、どこかのテーマパークのアトラクションでこのリニアを走らせ1回50元、さらに「偽ミッキー」あたりが運転するのはどうだろう? 乗ってみたい人は結構いると思う。

工商銀行……サービスが最低なので客から暴力を受けないようカウンターは大げさな防弾ガラスのようなもので仕切られている。こちらから話しかける声は聞こえるようだが、相手はマイクを通し客を見ないでしゃべる。マイクの性能が悪い上に相手のことを考えしゃべらないので会話は成立しない。機能していない。日本円を人民元に換金するのに1時間かかった、もう中国は外貨が要らないらしい。

タクシー……安くなった。こんな安くていいのか、と思うことがしばしば。以前に比べてタクシードライバーの地位は低下した、目先の利く人はもうとっくに“跳槽”しているのだろう、運転手の質は劣化している。昔はよい会話の機会だったが、今回はあまり話す気にならなかった。人に話しかける際、必ず文頭に“你好!”を付ける運転手がいた。“你好,到哪里?”ならよいが“你好,到了”にはびっくりした、もしかしたら会社の従業員教育か? 20年前の方がタクシーを拾うのに便利だった。

街のレストラン……安く食べられる店が増えていた、ただし地元の情報がないと怪しげな店に入ることになる。“港式”広東料理が売りのカジュアルな店が流行らしく、私たちも何回か利用した。メニューがよく分からない、昔のような素朴な料理がない、どうも凝った料理が多いようだ、そこで暮らす人にとっては自分で作れるような“家常便饭”をわざわざレストランで食べる訳がない。一度個人レッスンの先生とそのような店に行った、先生曰く、自分の想像していた料理と来た料理が違う、名前が色々と多すぎてよく分からない、とのこと。中国の南方で長く暮らした人でさえそうなのだから、私たちが分からないのは当然だ。もう一つの特徴は“打包”がすっかり定着したようだ。ほとんどの店でOKだった。だが私たちのようなホテル暮らしでは“打包”しても意味がない、残念だった。“打包”を前提としないで量を減らして価格を抑えればと思うのだが、これはどう見ても中国人の感性に合わない。さらに料理の注文も欲しいものを選んで紙のメニューに○を付ける方式の店が何軒かあった。ここでも会話不要となる。

中南海……ふつうのタバコ。ふつうに吸える。私のお気に入り。

街の美化“讲文明”……20年前に比べて街はきれいになっている。ただし街を汚す人が減ったのではないらしい。人海戦術で街を掃除しているようだ。あれだけ国を挙げて“环保”を提唱するんだったらゴミを減らす教育が先だろうと我々日本人は思ってしまうが、それは内政干渉、人が余っているのだから掃除の人を雇うのも雇用対策として有効なのかも知れない。

<最後に>
香格里拉……浦東にある1泊正規料金2,000元ほどの豪華ホテル。どうせすべて英語で対応されるんだろうな、と思っていたらとんでもない、チェックインカウンターの美しいお姉さんは美しくかつ論理的な中国語、そしていかにも賢そうな話し方で対応してくれた、今回の滞在でこのような中国語を聞いたのは初めてだ。全く別の階級の人たちがそこにいた。2,000元は決して高くない、すべてがスムーズにストレスなく進む。宿泊の価値あり。
[PR]
by clingmu | 2007-09-05 15:51 | ひとりごと

上海雑感2

まずは全体的な印象。

上海の水は27年前と同じにおいだった。

上海がそれほど大きく変わったとは思えない。27年も経てばそれなりの変化はある。私だって当時は若く胃腸もタフだった。上海の街並みは確かに大きく変わった、「和平飯店」が小さく見えた。渋谷や新宿のようなビル群が建ち並んでもいた、地下鉄があり街を電車が走っていた。しかし上海の人たちは新宿を再現しようとしているわけではない、外見は同じでも上海人にとって快適な空間を建設しているに過ぎない。視覚にハンディのある私が聴覚や嗅覚を頼りに街を歩いて感じたのは20年前と似たような空気だった。当時携帯の音はしなかったが、あの音量、あの話し声は本質的に中国だ。

外国人留学生の暮らしは快適になったのか?

留学生はだんだんと一般庶民に同化しつつあるように思えた。一般庶民と言っても格差社会中国、貧富の差は大きい。私の言う一般市民とは「セレブ」ではない人たちのことだ。中国人と外国人の垣根がなくなれば、私が20年前に感じたストレスも軽減されるはずだ。

しかし、現実はそうでもなさそうだ。中国において、そこで暮らす庶民と外国人の差は何か? それは口コミ情報と人間関係ネットワークの有無だと思う。この差は大きい。中国社会は外部の人間が住むのに親切な社会ではない。たとえば街での食事、情報不足だと日本なら「おいしい」か「まずい」かの違いになる、ところが中国では「安全」か「危険」かの違いになってしまう。CCTVのニュースだけを見ていれば中国は世界一食の安全に厳しい国になるが、中国人と親しくなると決まって忠告してくれる、「街の食堂は非衛生的なところが多いので気をつけろ」と。外国人には生活経験の蓄積がない。ネットワーク構築に時間がかかる。

27年前、いや20年前でも外国人(留学生)は特別扱いだった。当時外国人と接する人は限られていた、「文革」の後遺症もあり外国人に対して警戒心を持っていた。当時の留学生は「コネ」や「安全」を高いお金を払って買っていた。外国人が泊まるホテルで食べれば「食の安全」は最低限保障される、ホテルなら外貨の両替もすぐできる(工商銀行で1時間待たされることはない)、汽車の切符も1.5倍の料金を払い比較的スムーズに買えた、当時は「黄金周」もなく留学生が各地を気ままに旅行できた。高い代価を払わされることが不満だったが、今はそれが懐かしい。

ところが現在は? 今の留学生はたいへんだろうなぁ。若ければそれもよい経験かな? 47才の私にはさすがに無理だ。

けっして中国は住みやすくなっていない、と私は感じた。
[PR]
by clingmu | 2007-09-04 20:19 | ひとりごと

上海雑感1

昨日上海から帰国した。今回は上海に10日間滞在した。上海にこれだけ長く「住んだ」のは、1980年大学3年夏の1ヶ月に及ぶ短期留学以来27年ぶりになる。

今回は妻のプチ留学に同行しての滞在、部屋で妻の帰りを待っていてもつまらないので、私も同じ語学学校で1対1の個人レッスンを受けることにした。ちょっと変わり種の「学生」で語学学校も迷惑だったかも知れないが快く引き受けてくれた。

滞在先は上海外国語大学内にあるゲストハウス「迎賓館」1泊約200元、日本の安いビジネスホテルといったところか、低層階は留学生宿舎にもなっているようなので、南京以来20年ぶりの留学生活も少し味わうことができた。

久しぶりに比較的長い期間、中国の同じ場所で生活する機会を得た。これから数回にわたって27年前の上海そして20年前の南京での体験と比べて感じたことを書いてみたい。
[PR]
by clingmu | 2007-09-03 23:08 | ひとりごと

1学期終了

昨日、所属学科の成績会議が終了、これでやっと夏休みだ。

いつものことだが小学校より1週間以上も遅い夏休み入り、教育熱心な学校である。今年は梅雨明けが遅れたため最後の試験週間もどうにか暑くならずに乗り切れたが、例年だと梅雨明け1週間の一年で最も暑い時期がテストとなる。これでは何のための夏休みか分からない。最近の校舎は冷房完備がふつうだが、地球環境をやかましく言うのであれば、夏休みの時期も見直すべきであろう。何の役にも立たない入学当初のオリエンテーションを止め、早めに授業を始めればよい。

さて成績会議。1・2年次演習科目のみ会議で一括認定となる。留学先の単位認定とは異なり、必ず留年する学生が出る。新入生のオリエンテーションではっきり言ったはずだ、演習科目は「関東一厳しい先生」と「関東一腹黒い先生」が担当する、と。会議の結果を見ると「オリエンテーション」がいかに無意味であるかよく分かる。

落第した学生はこの1学期を真摯に反省し、態勢を整えて際チャレンジして欲しい。落第してしまった学生へ言うべきことはそれだけだ。冷たいようだが自分のしたことについてはきちんと責任をとるべきだ、何処ぞの首相をけっして見習ってはいけない。

今年の夏休みには久しぶりに中国・上海へ行く。今回は比較的長めの滞在予定(約2週間)、楽しみである。
[PR]
by clingmu | 2007-08-04 20:06 | ひとりごと

不正行為

先日、カンニングらしき行為を発見した、と言っても正式な試験での不正行為ではない。

カンニングらしき行為は2年生の授業で起きた。速読の課題文中にある〈下令〉の〈令〉を「leng3」と読む学生が数名いた。本人にピンインを確認したところ「leng3」と書いてあり、どうもある学生のピンインを写したらしい。あまりにお粗末だ。複数名の学生が疑うことなく平気で〈令〉を〈冷〉と読んだのはあまりに「寒い」。怒る気もしなくなった。教える方に能力がないばかりか、カンニングする方も人を見極める能力がない。10点の人が20点の答案を見ても意味がない、そろって落第するだけだ。

期末試験まであと1ヶ月、愚かな行為に一日でも早く気づき「自力更生」の道を歩んで欲しい。2年生のテストでそんな方法は通用しないのだから。ただし、今までこのやり方で乗り切ってきたという「成功体験」を払拭するのは難しいのかもしれない。

そこで考えた。学生の不正行為を禁止する以上、みずからの身を正す必要がある。わたしはこれまで成績を提出する際、58点を60点にしたり、20点を「仮進級」ギリギリの40点に書き直すなど多くの「不正行為」をしていた。今後は態度を改め、10点は10点と正直に評価しようと思う。
[PR]
by clingmu | 2007-06-25 00:00 | ひとりごと


水滸伝の言語に興味を抱く、ある語学教師のぼやき。ときどきゼミ連絡。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31