水滸のことば



2007年 09月 04日 ( 1 )


上海雑感2

まずは全体的な印象。

上海の水は27年前と同じにおいだった。

上海がそれほど大きく変わったとは思えない。27年も経てばそれなりの変化はある。私だって当時は若く胃腸もタフだった。上海の街並みは確かに大きく変わった、「和平飯店」が小さく見えた。渋谷や新宿のようなビル群が建ち並んでもいた、地下鉄があり街を電車が走っていた。しかし上海の人たちは新宿を再現しようとしているわけではない、外見は同じでも上海人にとって快適な空間を建設しているに過ぎない。視覚にハンディのある私が聴覚や嗅覚を頼りに街を歩いて感じたのは20年前と似たような空気だった。当時携帯の音はしなかったが、あの音量、あの話し声は本質的に中国だ。

外国人留学生の暮らしは快適になったのか?

留学生はだんだんと一般庶民に同化しつつあるように思えた。一般庶民と言っても格差社会中国、貧富の差は大きい。私の言う一般市民とは「セレブ」ではない人たちのことだ。中国人と外国人の垣根がなくなれば、私が20年前に感じたストレスも軽減されるはずだ。

しかし、現実はそうでもなさそうだ。中国において、そこで暮らす庶民と外国人の差は何か? それは口コミ情報と人間関係ネットワークの有無だと思う。この差は大きい。中国社会は外部の人間が住むのに親切な社会ではない。たとえば街での食事、情報不足だと日本なら「おいしい」か「まずい」かの違いになる、ところが中国では「安全」か「危険」かの違いになってしまう。CCTVのニュースだけを見ていれば中国は世界一食の安全に厳しい国になるが、中国人と親しくなると決まって忠告してくれる、「街の食堂は非衛生的なところが多いので気をつけろ」と。外国人には生活経験の蓄積がない。ネットワーク構築に時間がかかる。

27年前、いや20年前でも外国人(留学生)は特別扱いだった。当時外国人と接する人は限られていた、「文革」の後遺症もあり外国人に対して警戒心を持っていた。当時の留学生は「コネ」や「安全」を高いお金を払って買っていた。外国人が泊まるホテルで食べれば「食の安全」は最低限保障される、ホテルなら外貨の両替もすぐできる(工商銀行で1時間待たされることはない)、汽車の切符も1.5倍の料金を払い比較的スムーズに買えた、当時は「黄金周」もなく留学生が各地を気ままに旅行できた。高い代価を払わされることが不満だったが、今はそれが懐かしい。

ところが現在は? 今の留学生はたいへんだろうなぁ。若ければそれもよい経験かな? 47才の私にはさすがに無理だ。

けっして中国は住みやすくなっていない、と私は感じた。
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by clingmu | 2007-09-04 20:19 | ひとりごと


水滸伝の言語に興味を抱く、ある語学教師のぼやき。ときどきゼミ連絡。
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