水滸のことば



「電子辞書禁止令」その後

今年度2年生の演習では老舎の散文〈养花〉を取り上げ「精読」、いや、紙辞書を引く練習をしている。授業には紙辞書必携(学生は入学時に小学館『中日辞典第2版』を購入)、辞書を引きながら意味の確認をしている。

これには理由がある。老舎の散文〈养花〉は学生必携の参考書に取り上げられている作品で、本文のピンインおよび注釈、さらには全訳までついていて、学習者は辞書を引かずとも読めるようになっている。そこでわたしの授業では、全訳および注釈の根拠を辞書で確認する作業をしている。授業でやるまでもないことかと思ったが、実際にやってみるとそうでもない。

〈养花〉に次のような一文がある。

还没成为养花专家,因为没有工夫作研究与试验。

下線部〈可〉や〈去〉の用法について質問し、辞書を引いて妥当と思われる説明を読んでもらう。辞書と付き合いの浅い学生は辞書の先頭項目に飛びつき、〈可〉は「できる」、〈去〉は「行く」となる。彼らにとって中国語と日本語の意味関係はつねに1対1の対応だ。この点で電子辞書は彼らの救世主なのかもしれない。余計な説明や用例は飛び込んでこない、その結果中国語は上達しない。授業では辞書の用例をできるだけ読んでもらうようにしている。

辞書を引くようになった学生は次の試練に立ち向かう。

在我的小院中,到夏天,满是花草,小猫儿们只好上房去玩耍……

『中日辞典』で〈上房〉を引くと「母屋」とある(《现代汉语词典》には〈正房〉)。そこで〈上房去〉の訳が「母屋に行く」となってしまう。では「学校に行く」は〈学校去〉ですか?と質問する。そこでやっと〈上〉に意識が向かう。辞書に振り回されてはいけない。何でも引けばよいというものではない。そこでまた辞書との付き合い方を説明することになる。

こんな授業だから、せっかく老舎の散文を読んでいるのに文学的な香りはまったくしない。高等教育機関で行う授業としては甚だ問題がある。多くの2年生もそう感じたのであろう、2学期に本学の授業を受けず留学を希望する学生がクラスの半数以上いるようだ。留学先ではぜひ大学生にふさわしい教養を身につける授業を受けてきて欲しい。まさか「初級クラス」の授業に出るなんてことはないよね?
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by clingmu | 2007-04-28 18:32 | 教学
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水滸伝の言語に興味を抱く、ある語学教師のぼやき。ときどきゼミ連絡。
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